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2008年2月 4日 (月)

 

080203_202101













  
  
 

 

 

 

自分を無にすることができれば

 
かくも豊饒なものがなだれこむのか

 
 
 
 

 

茨木のり子さんの詩の一片。 

 

 

豊饒の漢字の読み方がわからなくって国語辞典を出してきて調べるに至り情けない。 

 
 

が、今日の心のもやもやが言葉になった姿に偶然にも会えて、 少し  ホッ 。 
 


 
しかし、『無』になれたらどんなにいいだろう と思う場面によぅ出くわす。

 
 

まぁ、このボンクラでお調子者の心が 『無』の境地になどなかなか。  


  

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる

 

 
刺激的な町に住み込んで、まだ なおさら もっと もっと 。 

 

  

愛だの金だの夢だの。  

 

 

あれも欲しいこれも欲しい。  

 

 
嘆き 狂い たまらない。 

 
 

これが人間とゆうもの 

 

 

と一言で片付けられたら楽でしょうが 

 

 

一言なんぞで片付けたくないわよっ。 あっかんべ。

 

 

とか ベロをみせてやった相手は己ですわ〜 わし。

 

 


いやはや、なんにせよ なんとなく こんな風な事をぽつぽつと考える今日でしたとさ。 

 

 

のり子さんの人生の断片が 私の心をなだめてくれる。
 

 

 

こんな日記を書いた日は すぐ『病んでる?』 とかっていわれたりするけれど、多いに心外。

 

 


にゃ〜 

 

 

 

 

*豊饒(ほうじょう)=土地がよくこえて、作物がよくできること。 

 

 

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